最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)1386号 判決 1993年4月23日
上告人
近藤産業株式会社
右代表者代表取締役
近藤光吉
右訴訟代理人弁護士
高橋悦夫
永井真介
荒井俊且
被上告人
株式会社浜垣義商店
右代表者代表取締役
浜垣豊
右訴訟代理人弁護士
林弘
中野建
松岡隆雄
被上告人
有限会社サカエ興産
右代表者代表取締役
淺野義幸
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人高橋悦夫、同永井真介、同荒井俊且の上告理由第二点について
一原審の確定した事実関係は、次のとおりである。
(一) 上告人は不動産の売買、賃貸等を業とする会社であるが、昭和六二年八月二六日、被上告人有限会社サカエ興産(以下「被上告人サカエ興産」という。)の仲介で、不動産の賃貸等をも業とする被上告人株式会社浜垣義商店(以下「被上告人浜垣義商店」という。)から、第一審判決添付物件目録記載1の土地(425.63平方メートル、以下「本件1の土地」という。)を、建築基準法(以下「法」という。)五二条に定める容積率(建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合)の制限(一〇分の三〇)一杯のマンションの建設用地として購入し、同年九月一日までに代金を完済した。(二) 本件売買契約では、公法上の制約による損害が発生したときは、その損害は売主の負担とする、前記事由によって、買主が本件売買契約を締結した目的を達することができないときは、これを解除することができ、この場合、売主は、受領済みの代金全額を即時買主に返還しなければならないと合意された(以下「本件特約」という。)。(三) 本件売買契約締結に際して被上告人浜垣義商店も上告人の右土地購入目的を知っていた。(四) 本件1の土地は、被上告人浜垣義商店の所有する第一審判決添付物件目録記載2の土地(477.65平方メートル)と元は一筆の土地で、同被上告人は、右全体の土地を敷地として容積率の制限(一〇分の三〇)の範囲内の第一審判決添付物件目録記載3の建物(建築確認申請の際の延べ面積2246.49平方メートル、以下「本件建物」という。)につき建築確認を得て、昭和六二年五月一七日にこれを完成し、その後、同年七月六日、本件1の土地を分筆して、これを上告人に売却したため、上告人が、昭和六三年一月六日、延べ面積1386.712平方メートルの建物の建築確認申請を提出しようと、事前に大阪市建築指導部審査課に相談したところ、同課から、被上告人浜垣義商店が本件建物を建築した当時の容積率の制限は分筆前の土地を基準としているため、その後本件1の土地を分筆しても同土地上には延べ面積463.35平方メートルの建物しか建築できないとの理由で、法一条の目的を達成するため申請書の提出を差し控えるようにとの行政指導(以下「本件行政指導」という。)を受けた。(五) 大阪市建築指導部審査課では、昭和四八年ころから、右のように、建築確認を受けて建築した建築物の敷地の一部を分筆した上で別個の建築物の敷地として利用し、一筆の土地としてならば容積率の制限の範囲を超えるような形で建物を建築するという敷地の使用(以下、このような使用を「敷地の二重使用」という。)に当たる場合には、契約当事者間の話合い等で二重使用状態を解消させるように指導して、その間は建築確認申請を保留させるとの方針を採っており、右方針に従って上告人に対して本件行政指導を行うとともに、昭和六三年五月一〇日には、大阪市長名で被上告人浜垣義商店に対し、九〇日以内に本件建物の延べ面積の敷地面積に対する法定の割合を確保する措置を採るようにとの法九条一項に基づく命令を発した。(六) 本件行政指導は、容積率の制限の趣旨を潜脱することを目的として行われる敷地の二重使用を防止するには法令上の規定のみではその実効を期し難い場合があるため、地域環境の整備保全を図る目的で、上告人の任意の協力を求めて行われたものである。(七) 上告人は、本件行政指導を受けたことにより、本件1の土地上には建物を建築することはできず、青空駐車場としてしか利用できないと思い込み、公法上の制約により本件売買契約の目的を達することができないとして、昭和六三年一月三一日被上告人浜垣義商店到達の書面で本件売買契約を解除して、同年二月一九日、被上告人らに対して、本件売買契約解除に基づく損害賠償を求めて本訴を提起した。(八) 上告人は、本訴第一審訴訟手続において本件行政指導の担当職員の証人調べが行われた結果、敷地の二重使用の防止については、本件行政指導にも限界があることを認識するに至り、平成元年一〇月末、本件建築確認申請をしたところ、大阪市建築指導部審査課においても、右時点では被上告人浜垣義商店が前記命令を任意に履行する見込がないことが判明していたため、本件建築確認申請を受理し、同年一一月三〇日に至り、建築主事により申請どおりの建築確認がされた。(九)上告人は、平成二年二月二六日、本訴を、本件建築確認がされるのが遅延したことによる損害賠償請求に交換的に変更した。
二本訴は、上告人が被上告人浜垣義商店に対しては、本件特約に基づく債務不履行を理由に、あるいは同被上告人が本件1の土地を上告人に売却した際に、上告人に対し、右土地を敷地として容積率の制限一杯の建物を建築すべく建築確認申請をしたならば敷地の二重使用を理由に本件行政指導がされて建築確認手続が遅れるであろうことを熟知していながらこれらの事情を告げなかったのは、買主である上告人に対する説明義務違反として不法行為に当たるとして、また、被上告人サカエ興産に対しては、調査説明義務違反を理由とする不動産仲介契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求として、本件建築確認がされるのが遅延した期間中の本件1の土地の既払代金に対する金利相当額の損害の賠償を請求するものである。
原審は、前記事実関係の下において、上告人の被上告人浜垣義商店に対する本件特約に基づく債務不履行による損害賠償請求は理由がないとした上で、上告人は、本件行政指導及び本件特約の「公法上の制約」の各意義を誤解したため、自らの判断で本件建築確認申請を断念し、本件売買契約を解除して別途の解決策を講じようとしていたのであり、本件行政指導の解除を待って日時を経過していたのではないから、本件行政指導を受けてから本件建築確認がされるまでに長期間を要したのは、本件行政指導に基づくものとはいえず、したがって、上告人の被上告人浜垣義商店に対する不法行為による損害賠償請求及び被上告人サカエ興産に対する債務不履行又は不法行為による損害賠償請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく理由がないとした。
三しかしながら、原審が、上告人の被上告人浜垣義商店に対する本件特約に基づく債務不履行による損害賠償請求を理由がないとした判断の当否はさておき、同被上告人に対する不法行為による損害賠償請求及び被上告人サカエ興産に対する前記各請求をいずれも理由がないとした判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。
原審の前記認定によれば、上告人は、本件1の土地購入の約四箇月後には、本件建築確認申請を提出するため事前の相談をした大阪市建築指導部審査課から本件行政指導を受けているが、前記目的で本件1の土地を購入した上告人としては、これを全く無視してあくまで建築確認をすることを行政庁に求めるのであれば格別、右指導の趣旨に従って対応しようとするならば、敷地の二重使用状態を作出して本件1の土地を上告人に売却した被上告人浜垣義商店に対し、敷地の二重使用状態を解消するよう求めるか、あるいは、右申請どおりのマンションの建築を断念して同被上告人に対して売買契約の解約を求めるか、本件1の土地に当初の計画を縮小して建物を建築するか、又は他の目的のために転用するかしかないことになる。このような立場にあった上告人が、右のような対応を考慮しながらも、一方において、本件行政指導の趣旨を尊重しつつ行政庁と協議を行うなどして建築確認をすることを求めたとしても、建築確認がされるのが相当程度遅延するであろうことは容易に推認し得るところであるから、上告人が本件行政指導を受けた後に本件建築確認申請をいったん断念したのは、行政指導が本来相手方の任意の協力を前提とするものであって強制力を有するものではないことは当然であるとしても、本件行政指導が有効に作用し、上告人が任意にこれに従った結果であることは明らかというべきである。そして、上告人が、本件行政指導に従って本件建築確認申請をいったん断念し、被上告人浜垣義商店に対して本訴を提起遂行している間においても、大阪市建築指導部審査課では、大阪市長名で被上告人浜垣義商店に対して法九条一項に基づく命令を発し、敷地の二重使用状態の解消を働き掛けて、本件行政指導に沿った措置を継続していたのであり、その後に本件建築確認がされたのは、右命令に定められた期間を経過して、同被上告人がこれに応じないことが明らかになったことや、上告人において、本訴第一審訴訟手続における担当職員の証言等から、本件行政指導にも限界があることを認識するに至ったため、これに任意に協力する意思を放棄して、再度本件建築確認申請をしたことによるものであることは、原審認定事実からも明らかというべきである。
これを要するに、前記認定の事情に照らせば、本件建築確認が遅延したのが、上告人が本件行政指導を受けたことに起因していることは経験則上否定できないから、上告人が自らの判断で本件建築確認申請を断念したことをもって、右因果関係をすべて否定した原審の説示には、経験則違背ひいては審理不尽、理由不備の違法があるといわなくてはならない(さらに、原審の前記認定によれば、被上告人浜垣義商店は、敷地の二重使用状態を自ら作出し、また、売買契約締結に際して上告人が本件1の土地を敷地として容積率の制限一杯のマンションを建築する目的でこれを購入することを知っていたというのであるから、右事実を前提とする以上、同被上告人は、上告人に対し、売買契約当事者間において信義則上認められる義務として、自らが本件建物の建築確認申請をした際に本件1の土地もその敷地の一部としていたこと、本件建物完成直後に本件1の土地を分筆した上で他へ売却することによって本件建物が容積率の制限を超えることになり、ひいては上告人が本件1の土地を購入してこれを敷地として容積率の制限一杯の建築物の建築確認申請をするならば敷地の二重使用に当たるとして行政上の何らかの措置が採られて建築確認手続が遅延する可能性があることを、説明すべき義務があるというべきである。)。
四そうすると、原判決には右の違法があり、これが原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そこで、右に指摘した点を含めて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)
上告代理人高橋悦夫、同永井真介、同荒井俊且の上告理由
第一点 <省略>
第二点 原判決は、「上告人は、前記事前相談の時点で本件行政指導を受けた際、本件1土地には、建物を建築することは一切できず、その利用方法としては青空駐車場しかないと思い込み、その申請を差し控え、これを断念すると同時に、被上告人浜垣義商店に対し、昭和六三年一月三一日に到達した同月三〇日付け書面により、本件売買契約を解除したうえ、被上告人らに対し、右解除に基づく損害賠償を求めて本件訴訟を提起し、平成元年三月二日に寺田恭信、同年八月一七日に東五雄と本件行政指導の担当職員の証人調べが行われた結果、敷地の二重使用の防止については法令上の規定を欠き(いわゆる法の欠缺)、本件行政指導にも限界のあることを認識するに至り、同年一〇月末になって本件建築確認申請をなし、本件建築確認を得たこと、その後、上告人は、同年一二月四日右訴えを取り下げたものの、被上告人らの同意を得られなかったので、平成二年二月二六日に訴えの交換的変更をなし本訴請求を維持していることが認められる。」の事実を認定し、本件建築確認が遅れたのは、上告人が本件建築確認申請を断念し、本件売買契約を解除して別途の解決策を講じていたことに基づくものであって、本件行政指導の解除を待って日時を経過していたものではないのであるから、本件行政指導に基づくものとは解し難い、とした。しかしながら右事実認定は、経験則違背の重大な違法がある。
1 上告人は、大阪市より本件行政指導を受けた際、それが敷地の二重使用という違法状態の解消をめざすものであるとの説明を受け、それに応じてその申請を差し控えたのは事実である。しかしながらその時に上告人は建築確認申請を断念したことはない。確かに上告人は、昭和六三年一月三一日に被上告人浜垣義商店に対し本件売買契約を解除する旨の通知をなし、被上告人らに対して右解除に基づく損害賠償を求めて本件訴訟を提起している。しかし上告人は他方において、右行政指導を受けてから何度も大阪市建築指導部に足を運び建築確認申請の受理を要望している(第一審における証人木英一の証人調書七丁、八丁)。本件行政指導を受けた場合、上告人としては、本件売買契約によってこうむった損害を最少限にくいとめるためにできうる限りの措置を採るのが当然であり、被上告人らに対して本件訴訟を提起する一方で、大阪市に対して本件建築確認申請の受理を要望するのは何ら矛盾した行為でない。上告人が本件訴訟を提起したことで建築確認申請を断念したとみるのはあまりにも社会の常識からかけはなれた事実認定である。
2 のみならず原判決自身も、「上告人は、昭和六三年一月六日、本件1土地上に、延べ面積1386.712平方メートル(一部鉄骨入り鉄筋コンクリート造八階建)のマンションを建築すべく大阪市建築指導部審査課に建築確認申請書を提出しようと事前に相談したところ、同課担当職員より、被上告人浜垣義商店が本件建物を建築した当時の分筆前の土地を基準として建築基準法五二条に基づく容積率の制限が及び分筆前の土地の一部である本件1土地上には延べ面積463.35平方メートルの建物しか建築できないとの理由で、建築基準法一条の目的を達成するため右申請書の提出を差し控えることを要請するという本件行政指導を受けたこと、大阪市建築指導部審査課は、敷地の二重使用の防止等を目的として昭和四八年ころから住宅地図に建築確認された土地を各年度毎に色分けして枠取りしてその日付を記入しておき、新たな建築確認申請が提出された時に右地図を過去にさかのぼって検討し敷地の二重使用の事実が判明すれば建築確認申請を保留させ、当事者の話し合い等で敷地の二重使用状態を解消させるように強い指導をするという方針を採っていること、上告人に対する本件行政指導も、右方針に基づき、昭和六三年五月一〇日大阪市長名で被上告人浜垣義商店に対し、九〇日以内に本件建物の延べ面積の敷地面積に対する法定の割合を確保する措置をとるように、建築基準法九条一項に基づき命ずるなどして、同法五二条違反の解消を働きかけ、被上告人浜垣義商店が右措置命令を履行するまで、上告人に本件建築確認申請を差し控えるように要請したものであること、上告人が本件行政指導後も大阪市建築指導部審査課と交渉を継続した結果、被上告人浜垣義商店が右措置命令を任意に履行する見込みがないことが判明した後の平成元年一〇月末に上告人の提出した本件建築確認申請に係る建築物の建築確認申請が受理され、平成元年一一月三〇日に建築確認されたこと」の事実を認定している。この事実によれば、上告人は本件行政指導を受けた後も大阪市建築指導部と交渉を継続し、それを受けて大阪市も被上告人浜垣義商店に対して建築基準法五二条違反の解消を働きかけたが、被上告人浜垣義商店が任意に履行する見込みがないことが判明したため、平成元年一〇月末に上告人の提出した建築確認申請が受理されたことになるのであって、原判決は一方では上告人が本件行政指導を受けた時点で一旦は建築確認申請を断念したという事実を認定しつつ、他方では、上告人が本件行政指導を受けた後も、建築確認申請の受理を要請していたという事実を認定するという全く矛盾した判断をなしているのである。
3 結局本件建築確認が遅れたのは、本件行政指導によるものと事実認定すべきである。
結論 以上のとおり、原判決には、法令適用の誤りがあり、また事実認定について経験則違背の違法があり、これがため判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄されるべきである。